こんにちは。うまとねこです。わたしは都内で初期研修をし、現在は非内科系臨床医として病院勤務をしております。たまには勉強以外のことも書きたいと思ったので、こんなテーマで発信してみたいと思います。
初期研修医の時にこんな出来事がありました。なお、初期研修とは医学部卒業後2年間のその名の通り「研修期間」であり、医師免許は持っているが診療科(専門領域)を持たず、あらゆる診療科を1カ月や2カ月といった期間でローテートして、自らの診療能力を高める時期です。
初期研修生活も1年が終わった頃、私は当時の志望科であった脳神経外科をローテートしていました。ある日、脳動静脈瘻の破綻により脳出血を来してしまった患者さんの手術に参加させていただく機会がありました。その日は朝から仕事をして、午後から手術室に入り、手術が終わったのは次の日の午前0時過ぎでした。術後、必要な点滴や指示等を入れ、家に帰ったのは午前1時を回っていました。
その日は週末だったため、翌週に超過勤務の申請をしました。しばらくして、給与係から以下のような内容のメールが来ました。「研修医には超過勤務が認められていないため、手当は支給されません。このことに関して○○副院長が権限を持っているため、相談してみてはいかがでしょうか。」。前年度まで認められていた超過勤務手当が、いったいどういうわけか、なんの通知もなく急に認められなくなったのです。すぐに○○副院長に連絡をしました。全く同じ内容の返答しか返ってこず、超過勤務は認められませんでした。というか実際に超過勤務をしたのに、手当が支給されませんでした。
皆さんはこのエピソードを見て何を感じられますでしょうか。研修医のくせに甘い!勉強させてもらってる身分で、給料をもらってるだけありがたく思え!偉そうなことは、もっと役に立つような仕事をしてから言え!こんな風に感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際、自分自身もこの時はそのように受け入れ、それ以上追及するのをやめてしまいました。
しかし、今ではその選択を後悔しています。わずかばかりの超過勤務手当が貰えなかったことに対しての後悔ではなく、病院側(雇用主)のこの主張を否定しなかったことで、研修医の無給労働を暗に肯定してしまったようなものだからです。
前述した、「研修医のくせに」とか「勉強料と思って我慢しろ」といった意見に対して、僕は否定的な考えを持っています。なぜならば、研修医と言えど立派な労働者だからです。すべての労働者は労働基準法の対象となります。研修医が労働者である限り、労働時間、残業、そしてそれらに対する適切な支払いに関する規定は守られなければなりません。研修医が医師として未熟であり、仕事の量も質も他の先輩医師に及ばないことは事実です。しかし、これが一般的な会社員1年目、2年目であったらどうでしょうか?経験もスキルも足りないという点で研修医と何ら違いはなく、その中で必死に仕事して自己研鑽して時間外労働をすることもあるでしょう。それに対して、新人には超過勤務が認められてないから、と残業手当が支払われなければ大問題になるでしょう。しかし、古くて狭い医者の世界では、今もなお、このようなことがまかり通っているのです。
そしてもう一つ主張したいのが、経験もスキルも足りず満足な仕事ができない研修医に対する「教育体制」をもっと整えるべきではないか、ということです。研修医になると、色々なことをきちんと説明されないまま、いきなり右も左もわからない臨床の場に立たされます。もちろん、現場に立って学ぶことの重要性を否定するつもりはありません。しかし、実臨床の場では医学部生で学ぶ国家試験に受かるための知識や、おざなりな臨床実習の経験はほとんど役に立ちません。残業代が支払われるべきでないような研修医(そんな人はいないと信じていますが。)を作ったのも病院側(雇用主)なのですから、どこが足りていないのか、変えていける仕組みはないのかを考え、後進教育にももっと力を注ぐべきなのではないかと思います。
一般企業に目を向けると、いかに医者の新人教育が古く遅れているかが見えてきます。聞いた話ではありますが、某生命保険会社では入社後数か月間、コミュニケーションの仕方やら社会保障の知識習得やら商品説明の仕方やらをみっちり叩き込まれ、血反吐を吐くような研修期間を経てようやく晴れて現場に立つことができるそうです。その研修期間に何人も脱落者が出てしまうのだとか。ものすごい徹底ぶりですね。ここまでやってしまうのはいかがなものかとも思いますが、それだけ基本を習得することが重要ということなのでしょう。
我々も、医者という古く狭い世界にのみ生きるのではなく、もっと広い視点で様々なことに目を向けて成長していきたいですね、、、
などと偉そうなこと考えながら、今日も勉強に励むうまとねこでした。
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